No Heart (1) (2) (3) (4) (5) (5.5) (6) (7) (8) 一括




「――綾香様。本日の放課後にお時間はありますでしょうか」
 朝の学校で顔を合わせるやいなや尋ねるセリオ。
 『会ったら聞け』としか命令されていないので、タイミングを計るということがない。
「あら、セリオが誘ってくれるなんて珍しいわねー。もちろん空いてるわよ」
「――実は開発の者から、綾香様にお話があります」
「なんだ、セリオの用事じゃないのね…」
 例によってがっくりしてから、OKOKと手を振る。はて、開発者が用とは一体なんだろう。セリオの様子を生徒から直接聞きたいのだろうか。
(一応開発の人からはセリオに一番近いって思われてるのかしらね、私)
 といってもセリオ自身がそう思ってくれないと仕方ないのだが…。
 試験4日目は何事もなく過ぎ、綾香にとってはいまいちな日だった。
 だらだらしている間に放課後になり、掃除を終えて教室に戻ると、セリオは何やらカリカリとマンガを描いている。
「にゃはははは☆ セリオちゃん、助かるぅ〜」
「あんた、なにやおい本描かせてんのよ…」
「ま、まあまあ。明日が締め切りなんだってば〜」
「――…」
 男の裸だろうが何だろうが、セリオならば平然と描く。
 綾香にはたぶん生理的に無理だ。そういう意味で、『制約』のないセリオはメイドロボ向きなのかもしれない、が…。
 すぐに原稿は完成し、クラスメートは大喜びで印刷所へ飛んでいった。
 綾香もさっさと帰り支度をする。
「で、どこに行けばいいんだっけ?」
「――ここより東の『サボウ』という喫茶店です。ご案内します」
 歩きながら、今日も色々な話をする。
 セリオはランダムに相づちを返す。
「そういえば、もう試験も真ん中まで来たのねえ」
「――はい」
「ねえ、セリオ」
 何か気の利いたことを言おうとしたのだが…いつもの反応しか返らない気がして、言葉は口から出なかった。
「…何でもないわ」
 まだ時間はある…と、その時は思っていたのだ。

 喫茶店にはほどなく着き、店の前で手持ちぶさたに待っていた男がこちらに気づく。
「ど、どうも、来栖川電工の品川です。わざわざお呼び立てして申し訳ありません」
 いかにも最近運動してなさそうな理系風の男だ。一応背広で決めているが、綾香から見れば着こなしがなってない。
 もちろんそんなことを口にはせず、差し出された名刺を丁寧に受け取ると、持ち前の社交性でにこやかに自己紹介する。
「初めまして、来栖川綾香です。セリオさんにはいつもお世話になってます」
「いえいえ、テストにご協力ありがとうございます。まあとりあえず店の中へ」
「そうですね。それじゃセリオ…」
「セリオ、そのへんの邪魔にならない所で待っていてくれ」
「――了解しました」
 当然セリオも同席するものと思っていたので、綾香の顔に驚きが浮かぶ。が、何か言う前にセリオはさっさと歩き出すと、道路の端で直立不動してしまった。男も店内に入ってしまい、黙って後を追わざるを得ない。
 おかげで相手への印象は最初から最悪だ。『開発者=セリオを道具としか思ってない奴ら』。一体何の話をしにきたんだろう…。

 むろん品川とて冷たく当たったわけではない。
 セリオの足なら何時間立ち続けようが何ともない。軟弱な人間と違い、いちいち喫茶店で腰を下ろす必要はないのだ。
 それより自分の方が問題だ。『テストの邪魔だからセリオに近づくな』と、伝える内容は簡単なのだが、高校生相手にいきなりそれはないだろう。いろいろ考えてはきたものの、いざ相手を前にすると自分のやる事にいまいち気が引けた。
 向き合ってテーブルにつき、当たり障りのない話題から振る。
「どうでしょう。学校でのセリオの様子は」
「ええ、それはもう――」
 と言っているところへ店員が注文を取りに来たので、品川はコーヒーを注文した。綾香は紅茶。
「みんな本当に助かってます。優秀ですし、仕事熱心ないい子ですね。お知り合いになれて嬉しいですわ」
「ど、どうも。恐縮です」
 綾香がこういう馬鹿丁寧な口調を使うのは相手を気に入らない時なのだが、品川にはそんな事を知る由もない。
「でも何だか不思議です。ちゃんと自分で考えて動いてるし、人間と変わらないんですもの。実は人間が入ってるんじゃないですか?」
「い、いや、そういう事はないです」
 冗談に真面目に答えて、くすくすと笑われてしまう。やりにくい…。
「人間を元にしてはいますけどね。判断の部分はBkシステムといって…アメリカのM大学が開発したんですが、人間の脳が判断する機構をシステム化したものです」
「じゃあ元はといえば人間と変わらないわけですねっ?」
「いや、そうではないです。つまり…手で説明した方が分かりやすいかな」
 そう言って、自分の手を綾香に向けて広げてみせる。
「ロボットの手の動きは、人間の手を研究して作り出されたものです。過去の技術者が手の複雑な動きを再現しようと、苦労に苦労を重ねてきました。
 が、人間の手と同じというわけではありません。動く仕組みからして違う。生物は細胞の活動ですが、ロボットは電力ですから」
「あ、なるほど」
 何となく二人とも自分の手を開閉してしまう。
「頭も同じで、動作は同じですが仕組みは違います。特にセリオの場合、脳の働きから判断力だけ取り出した形ですから。ほとんど別物ですね」
「あら。でも色んな人と触れてるわけですから、心が生まれることだってあるんじゃないですか?」
「ありません」
 ちょうど店員が飲み物を持ってきたので、綾香が思いきりぶすっとした事に品川は気づかず済んだ。
 とりあえずコーヒーを口に流して気を落ち着かせる。
 さて、そろそろ本題に…。
「なんだか、相当言い辛いことみたいですわね」
「ぶっ」
「私、何かしたのかしら?」
 そう言う綾香の口は笑っていたが目は笑っていなかった。
 ばれてる…。もはや仕方ない。どのみち言うべきことなのだ。
 単刀直入に、きっぱりと言い切った。
「実は、もうセリオに構わないでいただきたいのです」
 綾香もその内容までは予想していなかったらしい。
 顔色が瞬時に変わる。やっぱり回りくどく言えばよかった…。後悔の冷や汗が背を伝う。
 綾香は品川の顔も見ずに、憤懣やるかたない風に紅茶をかき混ぜた。
「理由を聞かせていただけます?」
「こ、こう申してはなんですが、来栖川さんは校内でもカリスマ的存在でいらっしゃる」
「そんな事…!」
「いやいや、セリオを贔屓にしてくださるのは有り難いのですが、他の皆様がそれに遠慮してしまうと正確な評価が得られません。今回はあくまでテストでして…」
 語尾が消え、しばらく重苦しい沈黙が流れる。
 紅茶を一気に飲み干すと、わざと音を立ててカップを置く綾香。
「そりゃあ…セリオも仕事だから仕方ないけど」
 もはや敬語ではなかった。
「私はセリオと仲良くしたいだけなのに、それもいけないの?」
「いや、ですから…」
「セリオってあなたたちの商売のためだけに生まれてきたの? こんな人たちに作られて、あの子が可哀想ね!」
 さすがに頭に来た。
 なんで親のスネ囓ってる小娘ごときに、そんな事言われなきゃならないんだ?
「ご心配なく、セリオは心を持ちませんから」
 品川の口調も険を帯びてくる。
「誰が何をしようが傷つくことはありません。可哀想などと思って頂くのは…過分なご心配です」
 大きなお世話だ。最後はそう言いたかったが、多少残った理性が少し置き換えた。
 が、相手には伝わってしまったらしく、綾香はテーブルに手をついて乗り出してくる。
「なんでよっ! セリオだって感情を持つかもしれないじゃない。私たちが心を込めて接すれば、応えてくれるかもしれないじゃない!」
「応えませんよ!」
 アホかこいつは! マルチの感情システムだって、A班の技術者が日夜苦労してようやく開発したものだ。あれが自然発生するならプログラマーは全員用無しだ。
「セリオは心を持たない。それは作った私が一番よーく分かってます!」
「道具としてしか見てないからでしょ。誰もあの子の友達になろうとは思わなかったのね。最低!」
「いい加減にしろ!」
 叩いたテーブルが音を立てた。
 店内中の視線にも気づかず、溜めてきた不満が溢れ返る。
「何が友達だ、セリオの事なんて見ちゃいないだろうが。『心を持たないセリオ』の事を、全然見ちゃいないだろうが!」
「なっ…」
「そういうのを自分の理想像を押しつけるって言うんだ。セリオがセリオのままだと都合が悪いから。何が仲良くしたいだ…」
 誰もセリオを認めてくれない。
 優秀なのに、黙々と働いているのに、心がないというだけの理由で、誰も…
「お前のどこがセリオの友達だ!」

 真剣に睨み合う姿は、端から見たらさぞかし滑稽だったろう。
 ようやく我に返ったとき、既に綾香は伝票片手に席を離れていた。
「あ、代金は私が…」
「結構!」
 言葉を叩きつけ、少女は早足で店外へと消えた。呆然としているところへ冷たい目の店員が近づいてくる。
「お客様。先ほどのような大声は、他のお客様の迷惑になりますので」
「あ…すいません…」
 いたたまれなくなり、品川もそそくさと外へ出る。綾香の姿はなく、セリオが前と同じ場所に立っていた。
「…何か言ってたか?」
「――綾香様がでしょうか?」
「ああ」
「――『明日からは話せなくなるけど、私は友達のつもりだから』と仰っていました」
「そうか…」
 もう外でする事はなかった。品川は肩を落として、研究所への道を歩いていった。
 後から、いつもと変わりのないセリオが従った。


「はぁ…」
 研究所の自販機コーナーで、缶コーヒー片手に八度目のため息をつく。
 間違ったことを言ったつもりはない。セリオのことは自分が一番把握している。
 だが、キレて怒鳴ってどうするのだろう。高校生相手に、もうすぐ30になろうという社会人がなんと大人げない…。
「はぁぁ…」
「やあ、どうしました。暗い顔して」
 顔を上げると、個人的に今一番会いたくない相手だった。
 よれた白衣に長い顔。心の信奉者、長瀬主任だ。
「何かありましたかね?」
「ちょっと…自分の心ってやつが嫌になりまして」
 言ってからまた自己嫌悪に陥る。何を言ってるんだ。
 長瀬は自販機に硬貨を入れて麦茶を買うと、のんびりした調子で話し出した。
「そんな事言うもんじゃあないですよ。綺麗な部分も醜い部分も、みな引っくるめてこそ心ってのは尊いもんですからねぇ。で、何をしたんです?」
「女子高生相手に怒鳴り散らしました」
「いや…そりゃまあ、あんまり誉めたことじゃないかもしれませんが…」
 しばらく気まずい空気が流れる。
 長瀬は麦茶を喉に流し込むと、落ちかけている眼鏡をずり上げた。
「品川君は、ロボットに心は必要だと思いますか」
「思いませんね」
 即答。
「セリオの開発者なんですから、当たり前でしょう」
「いやぁ、そうなんですが、B班の皆さんを見ていると必ずしもそうとは言えないようでね」
 むかつく言い草だが、その通りだ。『相変わらず愛想のない奴だな』。そう言っていた稲崎を思い出して不機嫌になる。
「思いませんよ。ロボットなんだから仕事さえしっかりできればいい。それ以上を望むのは行き過ぎです」
「でもね、ユーザーはそうは考えませんよ」
「それはそうですが…」
 セリオの無感情が客に受けないことは、渋々だが品川も認める。他社でも人型ロボットはまず笑顔がデフォルトになっているくらいだ。
 いや、待て…。
 超高速で学習するセリオの能力を思い出し、頭の中で手を叩く。
「ユーザーを満足させることなら、セリオにだって可能ですよ」
「ほう?」
「そういう命令を出せばいい。ハード的に表情を出せるよう作り替えれば、後は自分で判断してその時その時に相手が満足するような感情を出しますよ。それだけの計算能力はある」
 あまりそういうセリオは想像したくないが、商売なんだから仕方ない。少なくとも品川をむかつかせるマルチよりは、相手に完璧な満足を与えれるだろう。すなわちマルチより上だ。
 だがいつも微笑を絶やさない長瀬が、今回はあからさまに嫌そうな顔をした。
「そんなものは本当の『心』じゃないでしょう…」
 よっぽど美学に反するらしく、口調までも苦々しげだ。品川もあわてて抗弁する。
「だから心なんて必要ないって言ってるじゃないですかっ。ハンバーガー屋の店員だって、別に楽しくて笑ってるわけじゃないですよ。商売上の計算でしょ」
「君も嫌なことを考えますねぇ。そういう非人間的なものじゃなくてね、人間とロボットが心から笑い合えるような世の中を作りたいんですよ、私は」
 そのためのマルチか。健気で心優しいロボットを作れば、人間全体が感化されると本気で思っているのか。
 人の心を見くびりすぎだ。
 長瀬も言い過ぎたと思ったのか、こほんと咳払いして言葉を続ける。
「できるだけ人間に近いロボットを作るのは、技術者共通の夢じゃないですか」
「…私は違います」
「あらら」
「人間と同じものを作るなら、それは人間が一人増えただけです。既に数十億の人間がいるのに、それが増えたからって一体なんなんです?」
「いやしかしね、それを我々の手で作るということに意味があるんですよ」
「ないですよ」
「‥‥‥。君にはロボット工学者としてのロマンはないんですかねぇ」
 長瀬はため息をひとつつくと、頭を振りながら去っていった。
 何がロマンだ、ボケ! デジタル時計を突き詰めてアナログ時計を作ったところで、単なる作り手の自己満足だ。そんなものに労力を費やすくらいなら、もっと世のため人のためになる事がいくらでもあるだろうが、この給料泥棒!
 心の中でひとしきり悪態をつくと、大股で歩き出す。セリオだ。セリオはもっと優秀になる。マルチごときに負けるものか!
 B班のラボに戻ると、何やら稲崎が泡を食って駆け寄ってくる。
「なんかセリオの奴、今日はマンガ描いたらしいぞ」
「そうみたいだな」
「サテライトのDBにマンガの描き方なんて入ってないんだが…」
「は!?」
 調べてみると、DBになかったので勝手にインターネットを探して覚えたらしい。
「俺の立場って一体…」
 傷心の稲崎は早退すると言って出ていってしまった。彼には気の毒だが、品川の中の嫌な気分は一掃される。ニュースも動画も、ネットであらゆるものが行き交うこの時代だ。DBより精度は劣るが、その広大な情報を手にするなら世界の全てを知るに等しい。
「すごいぞセリオ! お前にできないことなんてないんだ。心だって持たないだけで、その気になれば簡単に持てるんだ。マルチなんかに…」
 声に反応して、セリオが品川の方を見た。
 機械の眼。温度を持たない視線。品川はそのまま椅子に座り込み、同僚たちが怪訝な顔をする中で、力無くキーを叩いて仕事を始める。
 結局自分を動かしているのは、マルチや長瀬主任や、来栖川綾香へのつまらない反感じゃないか。
 くだらない感情。セリオの目にはどう映ってるだろう。
「…セリオ」
「――はい」
 インカム越しに、抑揚のない声が流れてくる。
「もしかして、俺たちが命令するより…全部お前一人でやった方がいいんじゃないのか?」
「――そのような考えは許されていません」
 そうだった。そう作ったのだった。セリオがメイドロボである限り、人間の命令でしか行動できない。馬鹿馬鹿しいことに。
 それを組み込んだのは品川だ。それを削除することができるのも品川なのだが――
「‥‥‥」
 思考が危険な方へ傾きかけたところへ、一瞬主任と目が合って慌てて仕事に戻る。それはさすがにまずい。セリオを、完全に自由にするだなんて…。
 ‥‥‥‥。

 そんなに間違ったことだろうか?








<続く>





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