○PFR さん
- 01 左手で繋ぎたい (採点:3)
- 原作とは無縁の事故から始まる、という点にかなりの不自然さを覚えました。もっと長い話ならそれを起点として物語を展開させるという手段も使えるのでしょうが、この長さの掌編では、そこだけやけに非Kanon的(現実的)に感じられることも相俟って、そのまま隙になってしまっているように思います。
- 02 サンダルが飛ぶ夏 (採点:4)
- 申し訳ないですが、ところどころ面白かったり切れがあったりはするものの、それが全体を通してどんな意味を持つのかを理解することがほとんどできませんでした。ので、感想は、面白いっぽいけどよくわかんない、というものになってしまいます。
- 03 雪の世界より愛をこめて (採点:9)
- これは凄い。Kanonの世界観が、外側の視点から見ると如何に突っ込みどころ満載なものであるのかを諧謔的に描写しつつ、実は冷静なふりをしていた観察者が一番笑えるというアクロバットを最後に仕掛けることにより(そうするまでもなくハードボイルドな異星人という設定自体がギャグですが)、話全体がギャグとしてきちんと昇華しています。
個人的にツボだったのはあゆの抜け癖。そんな脱臼にたとえられても(笑)。
- 04 グリーンスリーブスが聞こえる (採点:6)
- 文章は、リーダビリティは確かに高いかもしれないけどでもそれだけだなと感じられてしまいました。あと特に序盤に顕著ですが、オカリナという言葉が頻出しすぎてしつこいですし、オカリナを吹くという言い回しの多さはそれに輪をかけて不自然です。
内容について苦言を呈するとすれば、登場人物に行動を決意させるきっかけに夢を用いるのは考えが足りないようにしか思えないこと、後日談が欲しいなということ、の二点でしょうか。もっとも、ありきたりな帰還ものではありますが、みんなで集まってグリーンスリーブスを歌うというシチュエーションにはとても良いものがあると思いました。個人的には、歌を歌い楽器を演奏するという行為自体についてもっと描写を尽くしてくれれば更に面白くなった気がしますが、今のままでも十分好きです。
- 05 ネバー・エンディング・ストーリー (採点:5)
- マンデーなのかサタデーなのかは明らかすぎるケアレスミスなので割とどうでもいいとしても、微妙なリアリティの欠如を感じるのですよね。人工衛星からウイルス撒いて地上に届くのかな、とか、会社名や社長の名前を無理に出さない辺りに作者の影が感じられる、とか、スイス銀行なんて銀行ないよ、とか、世界中の捜査機関の目を欺いて子供を隠蔽するなんて無理だろ、とか、月で人が生まれて健康大丈夫なんだろうか、とか、そもそもわざわざ月に住まなきゃいけない理由がよくわからない、とか、気にしなければそれまでの何気ない箇所を詰め切れていないことが、全体の完成度にかなり悪影響を与えていると思います。
- 06 友人以上恋人未満から (採点:6)
- 「本日のあたしは随分とオシャレさんである。」で萌え死にそうになりました。そうか、オシャレさんなのか。
北川のことを恋人として見ることのできない香里の思考が、あまり頭良く見えなくて不自然だと感じられました。具体的には、人間の感情を機械的に二分することが可能であるということを素朴に信じて疑っていない点が、です。
ともあれプロットとしては普通のラブコメですが、それを下地にして展開される文章や掛け合いがいちいち面白おかしいので、とても楽しく読めました。
- 07 僕と、シオリと、スケッチブックと。 (採点:7)
- わざわざシオリと表記しなきゃいけないわけがあるんだろうなーと考えて、叙述トリックを用いるにあたってアンフェアにならないようにするという以外に理由を思い浮かべることができず、だとすると美坂は漢字で書いているからシオリの正体は香里だろうと考えて読み進めていったら、まさにそのとおりだった。という感じなので、狙われているであろう効果は発揮されなかったように思います。それが欠点であるとは思いませんが。欠点というなら、偶然名簿を発見したり偶然名雪を街中で見かけたり、というふうに偶然が目立つことのほうが気になります。あと香里がちょっと感傷的すぎる気もします。
とはいえそれらは些細なことで、非常に上手で面白い作品であったと思います。個人的に凄いなと思ったのは、名雪がきわめて自然に大人なキャラとして描かれていること。それと「そして、僕は幽霊を見た。」という言い回しが何故だか気に入りました。
- 08 潜入捜査Kanon・僕らのたい焼きドリーム〜記憶の中のエンジェル〜 (採点:1)
- 申し訳ないのですが、徹頭徹尾つまらなかったです。
とりあえず一つだけ印象に残ったところを挙げますと、「さわさわと麦稈のすれる音。おかしいくらいのノスタルジー。微風のそよぐ穂群に囲まれて、どうしようもないほどの胸苦しさが迫ってくる。」。別に麦でも夏草でもいいですが、夕暮れに一面の原っぱという情景は、本当にそんなものを見たことがあるわけでないにもかかわらず脊椎反射的に郷愁を呼び起こす装置だなということを再認させられました。ひょっとしてこういう諧謔なり皮肉なりを狙ったSSだったのでしょうか。
- 09 鬼さんこちら (採点:7)
- かなりの文章力で、刀身に映り込んだ月光の描写などはただ目を見張るばかりなのですが、部分的に大仰すぎて少し自重したほうがいいのではと思うところがないではないです。
内容は、独自解釈なのでやむをえないところではあるでしょうが、多少説得力を欠いているように感じられました。原作と距離が離れすぎているのもSSとしては褒められたことではないと思います。ただ、だからこそ普通にはない想像力の飛躍やミステリ的な面白さが立ち現れているとも言えるので、一概に批判だけはできないのが難しいところです。
- 10 硝子の向こう (採点:4)
- 百花屋ではなく百貨屋の券を貰ったところで、ようやく自分が勘違いしていたことに気付いて落胆する名雪、という落ちを予想していたのですが違ったようです。
破片の比喩があまり上手くない気がしてしまって、更に「破片」という言葉を使いすぎで文章としてもあまり巧みであるとは思えず、印象はあまりよくありませんでした。本筋も、スポーツ大会とか百花屋とかの脇道に逸れすぎていて、少し冗長な感じを受けました。丁寧に書かれている、とは思うのですが。
- 11 春を夢見る狐達 (採点:3)
- 試験だとか夢見の法だとかが出てくるたびに、それについての説明が説明にのみ留まってしまって、物語の流れが滞っているように思われます。加えて夢見の法の設定から、真琴の復活という予定調和に物語を押し込めようとする意図があからさまに見て取れ、緊張感を欠いているとも感ぜられました。兄の狐がぴろだったり美汐のもとにやってきた妖狐だったりするのは結構面白いアイデアだと思ったのですが、どうにも上手く使いきれていないという印象です。
- 13 いつかムラムラする日。 (採点:6)
- 最初の一文で麻耶雄嵩を思い出したのですがあまり関係ないですかそうですか。
プロットだけを抽出すると、ごく普通のオールバッドとそこからの再生を描いた話、ということになってしまうわけですが、ごく普通などというものからは程遠いことは一読して明らかですから、内容の要約や意味の理解はこの作品にとってはほとんど無意味である、ということになるのではないかとか思います。微妙に崩れた文章、一見どうでもいいところに対する異様な執着、入り乱れる現在と過去、まるで中身のない会話、など、もっと表層的な領域において言葉と戯れているといった風情です。表層的っていうのは無論のこと褒め言葉。
もっとも、あまり精度が高いとは思えなかったのですが。時間なかったのでしょうか。
- 14 ――僕らの昨日が見ていた未来は―― (採点:4)
- 全体としては意味不明に近い感じを受けたのですが、小ネタの連発や、突っ込みなしに流されていく無数の突っ込みどころなどは面白かったです。
- 15 【決別】 (採点:5)
- 途中で放送席とか選択肢とかKITAGAWAとかのネタに走ったのを見て、何この意味不明展開、と思ったんですが、「名雪、お前は明日他の男の花嫁になるんじゃないか。」という一文への布石だったのだとわかると途端に上手いなあと感じられました。そんな感じで、ギャグとシリアスを往還することによる緩急の付け方が見事だったと思います。
もっとも、薄味な感はやはり否めず、悪い意味で印象に残らない話だったのも確かなのですが。
- 16 お別れのキスのことばかり考えていた (採点:8)
- 何を書きたいのかまったくわからないと言ってもいい意味不明さなのですが、その意味不明な曖昧さを結晶化する技術に長けている、と思いました。
- 17 天野がオバサンくさいワケ〜"あの子"と呼ばれた仔〜 (採点:4)
- タイトルはもう少しどうにかならなかったのでしょうか(笑)。
書きようによっては優れた幻想小説になった気もするのですが、現状では、一風変った美汐SS、というのにとどまっていると思います。成程なかなか面白い考え方だなとは思えても、それ以上のものではないというか。
- 18 大切な忘れ物 (採点:1)
- この種の題材は、組織してもっと大きな建造物を構築するなり、想像力を働かせて虚構の中へ象徴として定着させるなりしないと、全然駄目だと思います。お母さん生んでくれてありがとう、という感情は或いは感動的なものかもしれませんが、しかし決してそれ自体が物語であるわけではないからです。
- 19 もう一人いる (採点:2)
- そういう効果のあるジャムを原作で祐一と名雪に食べさせようとしていた秋子さんの真意とはいったい。という推理を働かせるべき結末なんでしょうか。違うか。
ミステリ調なのは好みです。が、確かに名雪の父の生死は原作では不明ですが、名雪の言動から考えて死んではいなくとも縁が切れていることは確実です。したがってこれはアンフェアだと思われます。そういう視点を取り払ってギャグとして読むことも可能ですが、そうすると中途半端な印象は拭えません。
- 20 ボート (採点:4)
- 共依存という言葉が示すとおりの、閉塞感たっぷりのだらだらとした生活の描写は退屈ですが、時折そこに情感のある文章や台詞が紛れ込むことによって織り成されるコントラストは見事。たぶん狙ったのでしょう。その効果が最も出ている最後の一文は、軽々と言っているからこそ逆に重みが出ていて気に入りました。
- 21 終わりの時 (採点:2)
- 真琴消滅の前後を名雪視点で追う、という試みは確かに珍しいのかもしれませんが、それにしたって話は原作そのままで、文体も普通、新たな解釈が加えられているわけでもなし、というのでは、申し訳ないですが何処を楽しめばいいのかわかりかねます。
- 22 恐怖のお料理合戦 (採点:1)
- 大枠のプロットから細部の描写に至るまで、すべてがあまりにもテンプレすぎます。ああこういう話なんだろうなとタイトルから想像される話がそのまま描かれている感じで、そんな何から何まで予想に収まりきった物語が楽しいはずもありません。
- 23 ライク (採点:8)
- 文体にしろタイトルにしろオリキャラにしろ、本来なら避けるべき鬼門へ敢えて突貫しているようで、読む前は嫌な予感しかしなかったのですが、読み終えてみるとなかなかよくできた話だと思えました。世界の残酷さに打ちのめされて立ちどまっていた祐一が、何か明瞭な希望を見出したわけではないけれど、それでもとりあえずは一歩先へ進めた、その姿を等身大に上手く描いている。北川、香里、名雪といったキャラクターの使い方も巧妙です。
気になった点を三つ。一。北川の登場が突然すぎるように感じました。伏線なしに同じ大学だとそのタイミングで書かれても、後付け設定かよ、としか思えません。二。「祐一の中で彼女の存在がだんだん大きくなっていくが、日々感じ取れた」これは一行で済ませて欲しくないです。三。以前KanonSSを書いたとき、登場人物が絶望とか悲しみといった類の単語を自分で用いると自らの立場に酔っているように見える、と指摘されて、成程と思ったことがあります。同じことが、この作品にも指摘できるかと思います。
- 24 湯煙温泉旅紀行 (採点:5)
- どこのエリア88だ(笑)。
エロネタに走る後半よりも、ひたすらウニモグる前半のほうが好きでした。
>「40R! 30L! 50! Flat! Fpoint!」
>「Year!」
> 別次元となった前席の様子に唖然とする祐一。いつの間にか二人は頭にインカムを付けており、息のあったコンビネーションを見せている。
特にここで爆笑(笑)。
- 25 太陽の眺め方 (採点:4)
- 名雪がだよもん星人すぎて不自然きわまりない。
タイトルはありえないくらい秀逸ですが、中身は肩の力を抜いたほうがいいのではないかという印象です。理由はたぶん二つで、第一に、大の大人が浮ついた大仰なこと言いすぎだよみたいな感じが全体的にします。最後の一文などは本当にもう少し良い代替案がなかったものかと。第二に、密度が均一なので、相対的にクライマックスの迫力が欠けてしまっているように思えます。主題と必ずしも関係のあるわけではない結婚式とか名雪との会話とかは、のちの展開を強調するためにももっとさらりと流してよかったのでは。
言葉を重ねていくのはそれはそれで一つの表現方法ですが、短く研ぎ澄まされた表現を峻別して用いることもまた大切なのではないかと愚考します。
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