○PFR さん
- 01 にじのむこうのおはなし (採点:6)
- 厳選された美しい言葉で、堅牢に組み上げられた幻想世界は、実に美しいものであったと思います。そしてそれを絵として明瞭に思い浮かべることができるのは、光景の想起を読者に促す単語や言い回しを物語全体に効果的に鏤めたり、その想起が容易なよう世界観それ自体を類型的なものにしたりするなど、作者様の確かな技術によるものでしょう。
しかし、主人公二人の人物設定や、その死などは、それに反して薄っぺらなものでしかないと感じました。詩的な雰囲気を生み出すため、作者様は作品全体を綺麗なものにしすぎたのだと思います。ただ綺麗なだけの登場人物にもストーリーにも、あまり魅力を感じませんでした。
- 04 海神の矛 (採点:4)
- 残念ながら、米海軍の戦略原潜に搭乗する若い日系人女性、という主人公の設定が、軍事ものに必要不可欠なリアリティを完全に削いでいます(ミカが女性であるという明確な記述はないですが、性別誤認の叙述トリックが仕掛けられているわけでもなく、名前や口調から女性であると判断して差し支えないかと思います)。そしてアメリカ人の艦長が、あたかも日本人の生得的気質であるかの如く「神風」を語り出すという果てしない陳腐が、それに拍車をかけています。
兵器の描写などは巧みなのですが、根本的なところで何かが間違っている、と感じました。
- 05 理屈じゃないこと (採点:4)
- よくわからなかったです。どうして「愛してるぞ」『愛しています』なのに別れるのか。男女の関係とはそういうものなのだよと言われればそうかもしれませんねと答える他ないですし、題名が『理屈じゃないこと』である以上、物語の核心部分が非論理的に組み立てられていることは作者様の手によって事前に宣言されていると言ってもよく、したがって理解できないのは仕様なのかもしれませんが、それでも私は理解が及ぶものを読みたかったです。というか、この作品に一番必要だったのは、本来理解できないようなことをも無理矢理に理解させてしまうような膂力だったと思うのです。しかし、文体もキャラクターも淡々としているためでしょうか、そのようなものは存在しなかった、と言わなくてはなりません。
- 07 事実上悪真実上正義 (採点:5)
- 中盤から終幕へ至る過程において、価値観が百八十度転換する切れ味は、良質なショートショートの条件を満たしており、とても良かったと思います。しかし一見斬新な筋立てではあるものの、何処か既視感を持たざるを得ない話ではありました。そもそも、「勇者が魔王になる」という設定それ自体が、スクウェアの某RPGで見たことあるものですし、「平和を望む気持ちが強すぎるあまりに悪と化す」という倒錯的心理も、それを延々としつこいくらい追求し続けた作家を知っているがために、目新しいものとは思えませんでした。もっと長い話ならばともかく、この長さのショートショートでは、これは致命的な欠陥でしょう。
出会い方が違っていれば、評価もまた違っただろう、と感じた作品でした。
- 10 いろはの森 (採点:7)
- 「崩壊した世界」という設定は今まで数多見てきましたが、それが和風の作りをしているのはかなり珍しく、未来でありながら何故か懐かしさを感じさせる点も相俟って、かなり巧妙に造形された世界観だと感じました。主人公も等身大の一人の人間として、感情の機微や物思いといったものが丁寧に描かれ、「人を書く」という当たり前になされるべきだけれども実は相当に難しいことを、平然とこなしている感じがします。
というわけで欠点は特に見当たりませんが、ただ、そのことが逆に欠点であるとは言えるかもしれません。衒いのない素直な作品であるが故に印象に残らず、低得点を付けることはまずありえないけども、ずば抜けて高い得点を付ける気にもなれない。そういう作品であったと思います。
- 12 フォーカス・レンジ (採点:5)
- できれば点ではなく天に昇っていただきたいものです。
父が母の幽霊と出会う→父が母の幽霊と一緒に洋館で過ごし始める→父が、母に会わせるため、息子を洋館へ向かわせる→息子が母と出会う(=冒頭)。という流れだったのだと思いますが、それがいまいちわかりにくかったです。一読後、考え込んでみて、初めて納得がいきました。そして未だによく理解できないのは、どうして父のカメラが母の視界を映し出したのだろう、という点です。終盤の記述から、そこに母の魂が宿っていたのだと仮定しても、そもそもどうしてカメラマンでもない母の魂がカメラに宿るのか。カメラに魂の宿ったはずの母がどうして森の中の洋館にいるのか。
なまじ「謎の提示→解決」というミステリ的手続きを踏んでいるだけに、この曖昧さはかなり致命的であったと思います。いい話ではあるのですが、感動よりも、釈然としない気持ちのほうが強く残りました。
- 17 19140901 (採点:6)
- まず感じたのは、文体が普通すぎる、ということでした。第一次大戦前の知識人階級の人々の話だと冒頭で説明していますが、実際のところは、デモクラシヰとかプロレタリアートとか、それっぽい言葉を並べるだけにとどまり、文章それ自体は一向に時代の空気を出すことができていないと思ったのです。有体に言えば、現代を舞台にした普通の小説を読んでるのと変わらないじゃないか、と。
種明かしの箇所まで来て、この時代でなければならなかった必然性は理解しましたし、リョコウバトと大出の描く絵との関連付けや、紹介文の意味が読後に判明する構造などは、実に上手いと思いました。しかしそれでもなお、前述の不信感は最後まで残ってしまい、素直に楽しむことはできなかった、というのが本当のところです。
後は細かな指摘を二点。まずは「まだ若い頃の話である。」などと回想風に始まりながら、それに何の意味もない点。回想的に始まったのだから同様の終わり方をするのだろうと思っていた私には、少々肩透かしであったと申し上げておきます。もう一つは「鳥羽胡涼」という彼女のフルネームを明かすタイミング。遅すぎて伏線として機能していないかと。最初の方で提示しておけば「ああ、リョコウバトの意味だったのか!」といったふうにラストの衝撃が増したような気がしました。
- 21 雪国 (採点:3)
- × 国境の長いトンネルを抜けると雪国だった。
○ 国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。
この違いは意図的なのか否か。そこでまず迷いました。それとも私のあずかり知らぬところで前者のバージョンが存在しているのでしょうか。
内容については。何かが間違っているはずだけど、何が間違っているのかわからない。そんな「ぼんやりとした不安」とでも言いたいものの雰囲気は、上手く表せていたと思います。が、問いの具体性も問いに対する回答も何一つ書かれないのでは、それ以上の評価はしようがない、と言わざるを得ません。
- 24 結婚適文句 (採点:7)
- コメディ調からいい話に移行しようとして、結局最後までそれができていない辺りがとても好感触です。最後の一行は爆笑しました。しかし、七歳から付き合ってるとか、生まれたときから知り合いであるとか、苗字同じとか、幼馴染み萌えの要素を詰め込みすぎて、幼馴染み好きの私でもさすがに引いた、と申し上げなければなりません。一言で言うなら、そんな餌で俺様が釣られクマー(AA略)。
……。
ごめん。
ぶっちゃけ。
萌えました。
- 29 Blind (採点:2)
- 私が考える「最も悪い恋愛小説」の見本のような作品でした。
「好き」とはどのような感情や思考のどのような契機や原因によるどのような発露や作用なのか、その説明を欠落させたままに、「好き」という言葉を乱発すべきではない、と思います。「私はタカくんのことが好きだ。」とは書かれていても、「私」が「タカくん」のことを好きな根本的な理由が一切説明されていないのでは、描写は何処までも上滑りするだけですし、本当に「私」は「タカくん」が好きなのかすらも疑わしく思えてきます。その上で語られる性愛や身体論っぽいものに、一体何の意味があるのでしょうか。「好き」を説明せずして「私は、一つになれないココロとカラダに、ただ涙することしかできなかった。」と言われても、そのココロって具体的に何? としか問い返せないのです。
国語辞典の見出し語の解説に、その見出し語自体が用いられていないのと同様、本当に語られるべき言葉は、その言葉自体を用いずしてこそ表現されなければならないのだと考えています。
- 32 俺たちいつも仏恥義理だぜ、夜露死苦! (採点:5)
- 阿呆ですねこいつら。
というわけで、前半から中盤にかけて、矢継ぎ早に繰り出される抱腹絶倒のギャグは、実に楽しく読んだわけですが、後半から唐突にいい話になるのはどうしたものか。前半コメディ、後半シリアスという構成は、ぶっちゃけちょっと見飽きたかもしれません。コメディのまま突っ走ってしまえばよかったのに、と思いました。
- 33 射的と祭りと悪党と (採点:5)
- 射的のシーンが馬鹿すぎて大好きです。射的屋専門のガンナーって全然格好良くないよ、とか、装填速度0.2秒ってどんだけ速いんだ、とか、野次馬の口調が説明的すぎるだろ、とか、ショット・トゥ・ショットまじあり得ない、とか、そんなテンプレそのままの諭され方で号泣してるんじゃねえよ店主、とか、突っ込みどころ満載で爆笑しました。何かがおかしいにもかかわらず、そのことに対する補足やフォローがまったくなされないで事態がそのまま進行していくことの面白さが、とてもよく表現できていたと思います。
ただし、それ以外のシーンは、可もなく不可もなくという出来でした。
- 35 西と東、白と黒 (採点:5)
- 寓話にしては表現が直接的すぎるのではないかと。
もう少し、詩的な衣でくるむことはできなかったものでしょうか。
- 41 No River to Cross (採点:6)
- 新機能を搭載したiPodは、魅力的な小道具であると同時に、テーマと強く結び付いていて単なる小道具にとどまっていない、優れたモチーフだと感じました。この手の現代的なモチーフは、「孤独な人間」という保守的なテーマに向かいがちですが、それとはまったく逆を行っていたのも斬新でよかったです。
が、序盤の情景描写がさほど面白みもないのに長々と続いていき、かと思えば重要であるはずの演奏シーンがあっさり終わってしまうのは、容量の配分を間違えているとしか思えませんでした。情景描写のほうは、淡々とした虚無感の演出であると思えば納得はできないことはないですが、音楽によって人と人とがつながる話である以上、音楽の描写が甘いのは見過ごせない欠点です。音一つ一つの質感までをも文章で再現できてこそ意味を持つ物語なのではないかと思いました。
もっとも、先ほど「音楽によって人と人とがつながる話」と書きましたが、世界中と「間を隔てる河はどこにもない」彼は、しかし家族からは疎外されている感があるのですよね。「あなたが奏でたい音楽は、私には聞こえない」のですから。すると実はやはり、この作品は孤独を描いたものであり、さっき感じた斬新さも幻でしかなかったのだろうか……などと、ちょっと迷いました。
- 42 焚火 (採点:4)
- 素材はいいものだから、後は書き込むだけだと思うのです。
以前の生活が如何に幸せなものであったか、それに反して母の死後の生活がどれだけ悲惨なものであったか、主人公はどんな目にどんな思いをしながら遭ってきたか、妹が酷いことをされているのを主人公はどういう思いで見てきたか、火中の父を見捨てるという考えが浮かんだ瞬間の主人公の心理は如何に恐ろしいものであったか、そしてどんな飛躍が生じて二人は遂に父を見捨てたか――それらの心理描写が完璧に足りていないと思いました。
逆に言えば、その辺りさえしっかりとしていれば、個人的には傑作であった、ということでもあります。その意味で、非常に残念な作品ではありました。
- 45 おかえり (採点:3)
- 同一時制内での視点のみの切り替えに見せかけた、視点と時制の二者同時切り替え、というのは、ぶっちゃけ叙述トリックの中でも初歩中の初歩であって、単品で用いても最早ほとんど効果はないと思われます。その辺り工夫が足りていないと感じました。叙述トリックで読者を騙すことを、必ずしも第一の目的とはしていない作品でしたので、ダメージは少なかったですけれど。
少女と桜の化身との交流という本筋は、定番のストーリーを手堅くまとめたという印象。いい話ではありますが、インパクトに欠ける嫌いがかなりあるようです。
- 50 2月30日にいたチャコ (採点:6)
- 何の前触れもなく唐突に、主人公が母親になった時代にまで飛んでしまうのは、いくらなんでも脈絡がなさすぎやしないかと思いました。
絵本もなんとなく蛇足かなと感じます。特殊な能力を持っていたり、家族構成などが不明だったり、突然姿を消したり。その辺りの曖昧模糊さが、チャコが実在の人物なのかそれとも主人公だけが見ていた不思議の国の住人なのか、判断がつかないようにしている点が、幻想的でいいなと個人的には思っていたのです。が、絵本が毎年贈られてくるということは、チャコは実在しているってことじゃないか、といったふうに冷めてしまいました。
後、「未知の領域」を示すのに、「2月30日」という言葉を持ってきていますが、いまいち必然性がなかったと思います。魅力的な言葉なだけに、勿体無い。
しかしそれらの欠点は、ある意味どうでもいいわけで。風の描写がとてもとても素晴らしかったです。折り鶴の群れ、花冠を作る天使、雨粒を反射する白い網目模様など……それらが、海原のような一面の草原に、満ち溢れる。なんと鮮やかで幻想的なヴィジョンであることか。感服いたしました。
- 52 豚 (採点:5)
- 冒頭の段落ですが、指示語が多すぎです。文意が掴めないわけでは無論ないですが、スマートとはとても言えず、出鼻を挫かれた感じです。
で、肝心の内容はというと、楽しめましたが、かなりの荒がある、容量が足りていない、その二点が惜しいと思いました。
荒というのは、妙なものを口に突っ込んでいたり、口にテープを張った跡があったり、耳が切り取られていたりする義母の死体は、明らかに事故や自殺によるものではなく、そこを疑った警察が本格的に捜査を開始すれば、家庭環境から動機はすぐに判明するし、靴痕跡は室内外の各所から得られるし、鑑捜査か地取り捜査のいずれかによって主人公の存在も瞬く間に浮上するだろうし……というわけで、ぶっちゃけ主人公が捕まらない見込みがありません。
その辺りに目を瞑れば、義母殺害の過程はかなり面白く読めます。が、それ以外の犯罪の様子や、普通の人だったはずの主人公が狂っていく過程など、その他の要素はほぼ描かれていないに等しく、個人的にはそれらの描写こそ欲しかったと思います。私事ですが、小説という道具を用いて犯罪者の心理を探求していく作業には、かなりの興味があります。だからこそ余計に、この容量故の中途半端さが勿体無いと感じられました。
- 53 瓦礫の森を哀れむように (採点:7)
- 「爆轟っていう反応を引き起こすものだよ」って全然説明になっていないと思うのは私だけですか。ともあれ、火薬類にはあんまり詳しくないので、専門的な記述は「おお、なんかそれっぽい」と思いながら読んでいるだけでした。ただ、「それっぽい」描写は、リアリティを出すには欠かせないものだとも思うわけで、いっそのこと大半の読者を置き去りにしても、爆弾の構造とか仕掛け方とかをもっと細密に書き込んだほうがよかったのではないか、と個人的には考えます。現状では少々物足りない。
それと大変申し訳ないですが、あらゆる要素が実に陳腐だと感じました。アル中だが腕はいい技師、彼のところに依頼にやってくる美女、組織とのつながりそして裏切り、程よいハードボイルドさを発揮して淡々とそれを切り抜ける主人公。中央部だけを残して橋を綺麗に爆破してみせた主人公はとても格好良かったですが、大方は何処かで見たことある筋立てでしかないと思います。もう少し、何らかの工夫をできないものでしょうか。結構高く評価しているだけに、いろいろ残念でした。
- 57 エース (採点:7)
- 背負えるか、エースの宿命(違)
バスケは詳しくないどころかルールすらまともに知らないので、作中で乱発される専門用語など理解できるはずもなく、わけわかんないまま勢いで読みましたが、それでも普通に読めたし楽しかったです。
技巧を前面に押し出さない素直な作風である上に、登場人物たちの信念や哲学といったものも非常に真っ直ぐで、読んでいて実に気持ちのいいお話でした。試合が最高潮に達していく描写と、四番に惹かれていく主人公の心理描写とが結節した瞬間、「『真の』エース」という物語の核心が、自然に印象的に、そして力強く巧みに浮かび上がってくる――この一連の流れが素晴らしい。これで安易に恋愛に流れると途端に駄目になりますが、それもないですし。
惜しいのは、決勝の日に彼女が現れるのが唐突すぎたり、夏彦視点なのに何故か高品の思考が地の文に紛れ込んだりと、細部に多少の難点があること。それと、堅実な作品であるが故にインパクトが薄くなってしまった感は、残念ながら否めません。
- 63 未来視の見る夢 (採点:8)
- 二人が仲を深めていく過程とか、ウイルスに感染する契機とか、病魔に侵されていく過程とか。そういったものが悉く欠落していながらまったく不自然でないのは、「未来視」という設定を用いて、「未来を断片的に視ている」という形式で話を進めているためだと思います。穿った見方をするならば「未来視」とは、容量の問題をクリアするために作者さんが発明した装置なのではないか、とか考えてみます。外れですかそうですか。
とても好きなお話なのですが、上手くその魅力を言葉にすることが、どういうわけかできません。悲痛で陰惨な未来を視ながら、待ち受けるのが死とわかっていながら、なおも二人は出会う。優しくて聡明で、だからこそ悲しくもある二人であると、そう思いました。
ただ、心理描写が意想外に少なく、文体も主人公の造形も冷めた感触のものであるために、全体的に淡々としすぎてしまっている点は、個人的な好みからは完全に外れました。言うなれば全体的に綺麗すぎて、死へ向かう人間故の壮絶さというものが極度に欠けるように感じられたのです。もっと「人間を書くこと」に力を入れて欲しかったです。
- 65 金曜日のつめきり (採点:2)
- 平日の物憂い午前に彼女が彼に何の脈絡もなく「つめきりを買いに行こう」などと告げる、現実性も現実感も皆無の意味不明でしかない展開ですが、読み手によってはこれを「センス」や「感性」といった言葉で評価することもあるのでしょう。残念ながら私にはそのまま意味不明としか感じられませんでした。登場人物の言動および思考にも、ストーリー展開にも、せめて最低限の論理性は欲しいと思います。
- 67 世界一の小説 (採点:5)
- 二人合わせて馬鹿なんですね(笑)。
飾らない文体、単純な思考様式の登場人物、そしてアイロニカルすぎるラスト。とても良質なショートショートだと思いました。
疑問が残るのは最後、「世界一の小説」の内容です。方向性は違えど、この程度の奇抜さの作風を持った作家なら幾らでもいますし、それ以上に、プロの水準に遠く及ばない低レベルな物書きが適当に書き散らした駄作未満の小説は山のように出版されているわけで、それらを遥か彼方に置き去りにする勢いで駄目な小説というのは、書ければ逆に才能あるんじゃないかというくらい、次元の違う存在だと思うのです。したがって自称「世界一の小説」の中身を書いてしまったことは、本当に不用意と言う他ありません。
――と、ここまで書いて思ったのですが、二人が書いた小説は、無論「世界一の小説」ではなく、かといって「世界一の駄作」ですらなく、実はひたすら凡庸な「ただの駄作」だったのだ、という意図の隠された結末なのでしょうか。だとしたら、最初に感じたのにも増して相当に皮肉なラストだと言えるような気がします。
- 72 月時雨 (採点:8)
- ストーリーが散漫すぎます。何について語ろうとしているのかよくわからない。加えてそれ以上に、語られていない部分が多すぎです。敬語だったり「母さま」だったりする辺りに複雑な家庭環境が潜んでいそうですし、冬夜の死とか、義足が何を象徴しているのかとか。そして、愚かなまでに「普通」でしかない「彼」が、しかし春香に与え得た癒しとはなんだったのか。私の読解力ではちょっと読みきれなかったです。
しかしまあ、その辺は気にしないでいいんじゃないかと(笑)。この作品の見所はひたすら文体だと思いました。綺麗さや流麗さを狙って作られた抽象的で詩的な文章は、逆に作り物っぽい胡散臭さを発散してしまったり、映像の喚起力が決定的に欠けてしまったりすることが多いと常々感じていますが、同じものを指向していながら、この作品にはそういったあざとさや欠点が存在しませんでした。「空色の真珠」とか「黒瑪瑙の鏡」とか、普通に考えたら明らかに格好付けすぎでしかない単語選択も、絶妙なコントロールの下でなされているのか、ぎりぎりで嫌味になっていなかったです。驚異的な文章力だと思いました。
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